〜森 正夫の山歩き記録〜
余話 ―昨今の山小屋事情―

 山小屋は登山者にとって頼みの綱である。特に標高の高い山や奥深く、日帰りが難しい山域では山小屋を利用することが多くなる。当然山小屋は一般のホテルや旅館とは違う。これらと同じようなサービスを期待するのはお門違いである。最近、山小屋を利用する人たちのモラル低下が問われ、時々ニュースや新聞、雑誌に出たりもする。しかし、モラルの低下は登山者に限ったことではない。百名山ブームが始まって以降、山小屋のモラル低下には目に余るものがある。登山者の安全に関する配慮や心づかいが欠けてきたのではないか、と不安になる。「山小屋は下界と違う」「山小屋で贅沢は望むな」と昔から言われている通説を振りかざし、サボタージュを正当化することが許されてはならない。多くの場合、登山者は山小屋を選べない。そこにしか無い場合が多いのだ。山小屋はこのことを肝に銘ずべきである。

 私は昔からテント山行を基本としてきた。しかし、適当なテント指定地が無かったり、初心者を伴っての登山、また年令による体力の低下など、山小屋を利用する頻度が次第に増えた。その中で幾度となく経験した苦い思い出の中からひとつの事例を話してみる。

 そこは3000m級の有名な山の登山口にある小屋であった。昔ならいざ知らず、今は車を使って物資を運びこめる。3000m級の稜線上にある小屋でさえ食事が美味しくなってきたこの頃にあって、ひと昔前の献立だった。腹が立ったが、我慢しようと自分に言い聞かせた。だが次がいけない。従業員6〜7人が同じ食堂の少し離れた席で、客(登山者)よりはるかに豪華な食事を出して食べ始めたではないか。しかも、テレビのバラエティー番組の音量を上げて。

 翌朝も似たような様子だった。あいにく外は曇っており、いつ降り出してもおかしくない空模様である。誰もが天気予報が見たい。しかし、予報時間が近づいても、別の番組を流し続けていた。さすがに腹が立ち、大きな声で叱りつけた。「天気予報を見せなさい!」「私たちの多くは、これから○○岳を目指すんだ!」と。これに対してとった小屋側の態度は、若者が1人億劫そうに立ち上がり、無言でチャンネルを切り替えただけだった。

 私は、昔、この小屋に2度泊まったことがある。今回の山行の際、同行する妻に「とても気持ちの良い小屋で、温泉もいいんだ。」と話していたのに、残念というより恥ずかしかった。この小屋は年月を経る間に代替りでもあったか、経営者が替わったのかは知らないが、できれば昔の姿を取り戻してほしい。

 当然、このような山小屋ばかりではない。同じく妻と2人での縦走途中に立ち寄った小屋での話。晩秋で、客は私たち2人だけ。主人は笑顔で迎えてくれ、30人は泊まれるであろう広い小屋の土間にある薪ストーブを赤々と焚いて、衣類を乾かすようすすめてくれた。おかげで一晩中暖かく眠ることができた。夕食時の会話で、明日の行程が長くきついルートであることを知った主人は、翌朝通常より早目に心のこもった食事をととのえ、早出を促してくれた。出発を心配そうに見送ってくれた主人の視線を背中に強く感じた。

 登山は自己責任を基本とする。甘えてはならない。だが、これは登山者だけに求めることではなく、登山の安全に一定の役割と責任を持つ山小屋にも当てはまることだ。忘れてはなるまい。





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