特別企画  森 正夫の田舎暮らし抄

はじめに

 私が長野県佐久市の御牧原台地に移り住んで早くも10年余が過ぎた。清々しい空気、美味しい水、緑に囲まれた心安らぐ風景の中に身を置いて、畑を耕し、気が向けば山歩きに出かける。天気がくずれれば本を読み、書き物をする。まさに晴耕雨読の生活を地でいくようなものだ。こうした暮らしは、長い間夢に見続け、今、ようやく手に入れたもので、人生の後半をこのように過ごすことができる幸せに感謝せずにはいられない。
 
 この気持ちは嘘偽りのないもので、正直に自分の気持ちを表している。しかし、こうした気持ちは、例えば畑仕事を終えて見晴らしの良い庭の片隅に陣取って、ビールを片手に遠くにそびえる山々をボーっと眺めているときのもので、日常生活となるとそうはいかない。

 
畑はじめの様子
(2015.5.22)
我家の風景
(玄関へのアプローチ)
庭から眺める浅間山


 有機無農薬で育てる野菜たちは、日々さまざまな虫に食い荒らされ、長雨が続けば得体の知れない病気にかかる。虫退治には平均して1日2時間以上汗を流さねば追いつかず、つい先日には、自分の背丈程に育ち、青々とした実を鈴なりにつけたトマトの苗が急にしおれてしまった。

 この文を書いている2日前(2015.7.12)には地区の草刈作業を終えて帰宅した途端、キイロスズメ蜂と鉢合わせ。結果、右目上まぶたを刺され、今は顔全体が風船のようにふくらんで、左目だけが頼りの生活だ。

 3週間程前には、筍取りの折、知らぬ間に首筋あたりから毛虫でも入り込んだのか、上半身のいたる所に虫刺され状の発疹ができ、その痛さかゆさ故に夜も眠れない数日を過ごして医者通い。ようやく治りかけてきたところである。泣きっ面に蜂とは文字通りこのことだ。

我家の庭につくった
キジの巣と卵

3年前に玄関軒下につくられた
これまでで一番大きな
キイロスズメ蜂の巣
(撤去後)
巣づくりを始めたばかりの
キイロスズメ蜂
(20〜30匹群がっている)
(7.23)

 また晴耕雨読とはいえ、仙人のように生きる訳にはいかない。近所付き合いが必要だし、地域の運営や労役など応分の負担が課せられる。春の道普請、夏の草刈り、ゴミ拾いやドブさらいなど地域総出の仕事がある。さらに区(都会では町会や自治会と呼ばれることが多い)の役職も果たさなくてはならない。私の今年の役職は「保健補導員」。区民の検診活動を市と協力して実施したり、健康推進学習会を開催したりなどを担当し、平均して年4〜5回の研修にも出なくてはならない。
 さらに、地域による差はあるものの、冠婚葬祭など地域地域の慣習に従った役割がまわってくる。気軽な別荘ライフやリゾートマンションという訳にはいかないのである。

 よく田舎暮らしは生活費が安くすむなどと宣伝されていることが多い。私の経験では、これはどうも「マユツバ」に聞こえる。自給自足の農家や質素な農的暮らしを目指しているならともかく、私程度の暮らしではそうはいかない。一般的にみて、日常生活用品や生鮮食料品は都会よりかなり高く、野菜などでさえ店で買えば驚くほど高値である。また、ガソリンやガス・水道・電気などの公共料金はおしなべて都会より高い地域が多いようだ。特にガソリンの高値には困る。自分の車が唯一の交通手段なのだから。



 また、田舎は親切な人が多いと宣伝されがちだ。よく、テレビなどで観る「田舎暮らし番組」では、そんな画像が映し出されている。それはそれで真実なのだろうが、実際の生活の中ではそんな人々ばかりではない。

 さらに、近所付き合いから、野菜などの自作の物をいただけるので暮らしが楽になる・・・などと報道する番組などもあるが、冗談じゃない。いただき物をすればお返しが必要だ。これは都会であろうが田舎であろうが変わるわけはない。いただきっぱなしでは、そのうち人は寄りつかなくなる。人間社会は、どこに住んでも多かれ少なかれ同じ。悪意を感じざるを得ないあげ足をとられたり、厳しい視線が身にしみることだってあるのだ。



 だからと言って、田舎暮らしを踏みとどまれなどと言うつもりは毛頭ない。始めにふれたが、これら雑事にあり余るほどのすばらしさが田舎暮らしにはある。大切なのは、夢や望みばかりではない現実を見定めた上で一歩を踏み出すことなのだ。これが私の10余年にわたる生活の中で得た経験と知恵である。

 この田舎暮らし抄を通して、田舎暮らしのすばらしさやこれらの諸事項を少しでも読者の方にお伝えすることができ、田舎暮らしに向けての参考になればと願っている。

 この企画は、月1回の連載を基本として1年間12回に分けて、それぞれのテーマを決めてお伝えしたいと思っている。また、これらはあくまでも私の私見であり、独断と偏見であることもご承知願いたい。





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