特別企画  森 正夫の田舎暮らし抄

第5話 畑の話、木の話

 御牧原台地の土は、多くが強い粘土質でできている。私が畑にした場所もその例にもれず、掘り起こすと大小のカタマリがゴロゴロとしていて、そのままでは到底、苗や種を植えることは難しい。ふるいにかければ多くが上に残ってしまい落下するサラサラとした部分はちょっぴりだ。しかも、この土が乾くと石のように固くなり、水分を含むとベトベトになってしまう。雨の後に畑に入ったら長靴はポパイの靴のようになり、歩いた所は踏み固まって、再びゴロゴロ状態が強くなる。子供の頃、母を手伝って草花を植えた我家の庭土や、課外授業の芋掘りで経験した土、また、横浜の小さな畑とは全く異質のものであった。

 畑づくりを始めた当初、これで作物が育つのか・・・と不安になった。当初取り組んだのは、ふるいにかけたサラサラ土ひとにぎりの中に種や苗を植え、そのまわりをゴロゴロ土で囲うこと。手間はかかるがこれ以外の方法が無い。当初、手押しの耕運機(通称、管理機)では歯が立たず強いて耕そうとすれば、管理機は我が手を離れて前にすっ飛んでしまうくらいの土なのだ。一度は重機で1m近く掘り起こして作った畑での話である。しかし、移住一年目にこうして作った少量の野菜たちは、意外とスクスク育ち、これが美味い。大根など、固い土に阻まれて根分れして曲る。買ってくる大根と比べてのみずぼらしさは恥ずかしい程である。しかし、切ってみるとそのみずみずしさはどうだろう。私の知る大根とは全く別物だった。大根の中身は皮と同じく白いと思っていたが、透明度が強く、どちらかと言うと見た目は梨の果実に似て味は驚くほど美味しい。レタスを食した時は、今まで食べていた物はなんだったのだろう・・・と不思議だった。この驚きが私を野菜づくりにのめり込ませる原動力になった。

 後で知ったことだが、この地の土は扱い難さが天下一品であると同時に、滋養の高さでも天下一品だったのだ。特に根菜類によく合い、「じゃがいも」は御牧原の「白土ばれいしょ」として高い評価を受け特産品として出荷されている。今では、私が耕作する畑の約半分でこのじゃがいもを育てている。一年を通して我家の食卓を飾る絶品である。

 2年目以降、最も力を入れて取り組んだのが土づくり。当初は堆肥センターや近隣の牧場から有機物質を買い畑に入れた。強粘土をほぐしていくにはこれ以外に無いと教えられてのこと。土は次第に柔らか味が出てきたが、反面栄養過多になり過ぎてしまう。これは始末が悪い。トマトなどは茎ばかり太く育ち実なりが減るし味も落ちる。じゃがいもなどの根菜類は大きく育ちすぎて大味になる。難しいものだ。色々工夫し試してみたが未だに決定打を打つことはできないままだ。現在は、我が家の雑木林や庭の樹木の落葉を秋に集めて、調理で出る野菜くず等を混ぜて2年がかりで作った堆肥とストーブの灰を畑に入れている。ただ、これだけでは10年以上経た今でも粘土質が強く残り、扱いにくいことに変わりはないが栄養バランスはとれているようで美味しいものが出来ている。

 畑を始めてから気付いた。横浜の小さな庭の畑と違い長時間の労働が必要である。特に、春から夏にかけては山歩きに出かける暇もなくなる。有機無農薬でつくる野菜たちは、日々色々な虫に食い荒らされ、放っておけば育たない。移植したりんごの成木は、3日間留守にしただけで若葉を毛虫に食い荒らされた結果、枯れてしまった。

 また、移住当初は何を作っても楽しく面白くすっかりのめり込んだ。結果、50種に近い作物をつくり、家族や友人たちに送りまくった。美味しかったとの電話や便りが来れば、またそれが嬉しく拍車がかかる。漬物などはタクワンだけで3種、白菜づけ、野沢菜づけ、さらに粕漬けみそ漬けと増え、私の部屋(別棟)は漬物小屋の様相を呈した。ここまできてようやく気付いた。妻と2人、これらの漬物を毎日食べたところで食べ切れるものではない。家族や友人に送ったところで、気候の異なる地では味の劣化は避けられない。また、送料もバカにならず、年金暮らしの家計を圧迫する。当初200坪程で始めた畑は4年目に入ると400坪以上に広がっていた。これだけの畑を有機無農薬でやるとなると労働もきつくなる。朝早くから陽が落ちるまで働いても追いつけず、疲れが溜まり、体調を崩すことになる。やり過ぎによる悪循環である。子供の頃からの性格、のめり込むと、つい夢中になり徹底的にやらなければ気が済まない。現役の頃も、私の仲間やスタッフにずいぶん迷惑をかけただろう・・・と今では反省している。

 そうこうしながら、現在は分相応な形に落ちついたきた。400余坪の畑を地形的に上段と下段に分け隔年で耕し作物をつくる。半分を1年休ませるのだ。また、種をまき、苗を植える間を広く取りゆったりとした畑をつくる。こうすれば、土壌の自然回復が図れるし有機肥料を入れる量が少なくて済む。生産量は減るが、2人で食べ親しい友人に送る分ぐらいは十分に育つ。何事もほどほどに・・・この年になり少しは人生が解りかけてきたようだ。


 木については番外編・薪ストーブの話にてかなり詳しく触れた。ここでは別の視点から考えてみる。かつて木は日本人の生活を支える基本的な資源であった。昭和の中頃までは家屋の多くは木で出来ていたし、薪は石炭と並ぶ主要な燃料であり、多くの生活物資も木で作られていた。しかし、1960年代(昭和35〜45年)に入ると燃料は石油に依存するように変化し、生活物資もプラスチックなどの化石資源によるものに転化した。これと同時に生活スタイルも欧米化が進み、住宅や商工業施設がコンクリートビルにとって替えられてきた。こうした中で林業や石炭工業は壊滅的な打撃を受け、現在では特殊な一部を除いて産業界や日常生活の中からは除外されてしまった。こうした流れが近代化の中で選択の余地が無い必然的なことだったかどうかはよく解らないが、現在の日本人の暮らしがこうした基盤の上に成り立っていることは確かである。

 最近、特に気になることは、原子力発電の事故以来、自然エネルギーが見直され、特に太陽光発電が注目を浴びていることだ。しかし、これもその場限りで基本的政策や将来的見直しが無く進められた結果、各地で様々な問題を起こしている。自然豊かで見晴しの良いレストランの目の前に森林を切り倒してずらりと並ぶソーラーパネルが突如出現する。田畑に連なる斜面の森林がソーラーパネルに取って替えられ、大雨が降るたびに土砂が流れ込む。ましてや、自分の家の隣地にあの一日中ピカピカと光るパネルが出現したら、もうそこで暮らすことなど耐えられないのではないか。しかし、これが各地で実際に起こっているのだ。バカバカしいやら腹立たしいやら怒りの持って行き場もない。幾度か触れたが、日本では都市化の波がアメーバーの如く田畑を飲み込んでいったと書いた。同じ様なことが燃料や資源の世界で起き、今まさに、ソーラーパネルが地域空間を脅かしている。

 ソーラーパネルが悪いと言っているのではない。原子力に替わる貴重な自然エネルギーとして将来に渡って重要な役割を果たすことへの期待は大きい。誰もがそう思っている。しかし、問題はソーラーパネルの導入をどのように実現していくかという点だ。計画と政策なき事業は、どんなにきらびやかな衣装を着せても結果は人間の暮らしを追いつめていく。これは、これまでの歴史が解りやすく示していることではないか。国や自治体の責任は大きい。

 主題からだいぶ逸れてしまった。木の話に戻ろう。日本は森林王国である。実に国土の60%が森林で、長野県は78%にも及ぶ。この森林が空気を浄化し、美味しい水をつくり、田畑を潤している。これだけの自然環境を備えた国がこの地球上にどれくらいあるか。田舎暮らしを始めて、身をもってこのことを思い知った。山歩きを趣味とした私は当然自然への回帰を求めて歩いたのだろう。意識するしないにかかわらず。しかし日々の生活の中でこれらと関わりを持ってはいなかった。実際に畑をつくり、作物を育て薪を求めて山仕事をして、はじめて感じ取ったことだ。

 最近、山仕事に関して以下のような依頼が多い。山林の持ち主やその関係者からの話である。父や祖父の代に苗木を植え、花木として出荷したり、しいたけなどのキノコの原木として切り、再生を繰り返してきた山林が後を継ぐ者が絶えた結果、10年20年と放置され大木に育ってしまい、隣地を日陰にしたり、田畑に陽が当たらなくなり困っているので切ってほしいという事である。現場に行ってみると、長期にわたって放置された森林は下草や笹、背の低い灌木に覆われ足の踏み場もない。大木にはつる性の木がまとわりつき、高い枝の先まで何本にも渡って絡みついている。そう容易く対処できる状況でない場合が多い。今年(2016年)も話が数件持ち込まれている。日本全国各地で同じ様なことが起こっているに違いない。長野県では、県民に森林税を課して対処しているが、効果の程は焼石に水のような気がしてならない。要は、かつて大きな産業として国を支えた森林が時代の流れから置き去りにされ、膨大な資源であるにもかかわらず放置されているということだ。ここでも、国や自治体がその場しのぎの対処療法でなく抜本的な政策を打ち出す必要があるのではないか。

 私に出来ることは、薪ストーブ仲間を集めて危険の少ない範囲で依頼に対応することだ。薪として購入すれば高値だが、こうして集めた木は無料で頂ける。依頼主も、業者に頼めば数十万円と経費を支払わねばならない。ギブアンドテイクの関係が生きている。結果的には、隣地や田畑に陽が当たるようになり喜ばれる。ささやかではあるが、これが今の私に出来る精一杯のことである。




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