特別企画  森 正夫の田舎暮らし抄

第2話 移住先をさがして

 私が移住先を具体的にさがし始めたのは57才を過ぎてからである。それ以前にも旅行や山行の折、そうした視点で訪問地を眺めてきた。それぞれに良さがあり、ひとつの場所を切り取って考えると、すばらしい地はたくさんあった。しかし、私の場合、山登りに行けることが一番大きな柱だった。東京近辺ならば秩父か奥多摩、山梨も良い。長野県は新幹線が好都合である。東北や北海道も魅力があるがやはり遠い。場合によると、退職後は90才に手の届く母と一緒に住むことも考えていた私は、温暖な伊豆なども考慮に入れていた。

 いろいろ思い悩んだ結果、以下の基準を考えた。第1は東京からの利便性。第2は近くに山々があること。第3は自然豊かな地であること。第4はできれば自然災害の少ないことだ。これらを重ね合わせて検討した結果、移住先は山梨県と長野県にしぼりこめた。山梨県ならば「特急あずさ」があり、長野県は「新幹線」が開通している。しかも、両県とも日本の屋根と言われる三大アルプスの只中である。八ヶ岳や奥秩父、場所によっては北信の山々や富士御坂山系なども手軽な範囲に含まれてくる。当然、自然は豊かだし災害も比較的少なめな地域である。

 東京からの利便性を除けば北海道にも魅力を感じていた。広大で自然豊かな地、未だに原始の自然が残っている。一時期北海道に通いつめたこともある。息子と歩いた大雪山の縦走、妻との利尻、礼文、知床、単独行の日高など思い出は尽きない。母のことがなければ、この選択肢もあり得ただろう。
 山梨県と長野県に戻る。まず、移住地さがしにあたって、両県の不動産情報を集めた。中心はインターネットと雑誌である。しかし、当時と今では情報量に格段の差があった。今では田舎物件を取り扱う不動産業者が増え、また、地域活性化や過疎化対策のひとつとして日本各地の自治体が移住者のための施策を実施するようになっている。私の住む佐久市でも「空家バンク」や体験施設「クラインガルテン」の運営を始めている。これから移住地をさがされる方は、是非これらの情報を集めることをおすすめしたい。

 私が両県の中で集めた情報から見て廻った物件はかなりの数に及んだ。山梨県では旧大和村、旧塩山市、甲府市、旧小淵沢町、北杜市など。長野県では富士見町、原村、安曇野市、軽井沢町、佐久市、小諸市、東御市などである。要は新幹線と中央線を結ぶ地域範囲内を中心にした。しかし、なかなかこれだ、という物件に出合えなかった。帯に短し襷に長しというところである。

 そこで、物件さがしの条件として以下の柱を立てた。@家から山々を望めること。A周囲の家々と程よく離れていること。B日当たりの良いこと。C敷地内に畑がつくれること。できればD近くに小川が流れていること、である。伏線としては、基本は土地のみとするが気に入った物件であれば建物付きでも良いが、別荘地を除くことだ。これらの条件は簡単なようでかなり難しい。少なくとも私が訪れた物件の中で、この条件を全て満たしている所は1ヶ所も無かった。

 また、物件訪問の中でいろいろな課題が出てきた。幾つかの事例を具体的に話してみる。築100年以上を経た合掌造りの3階建の古民家で、土地は300坪程。庭下に小さ目の渓流が流れている。かなり気に入った。ここへは知り合いの大工さんと経師屋さんに同行してもらい詳しく調べ、結果は、住むための補修や改造は必要だが、柱や土台の状況からすれば、あと100年以上は軽くもつとのこと。早速、当該自治体を訪問し、移住のためのライフライン確保等必要事項について尋ねたが、全く素っ気ない対応で逆に迷惑そうな受け答えであった。また、近隣の家を訪ねてみたが、部外者の受け入れに寛容とは感ぜられなかった。いくら気に入った物件でも、地域が部外者を受け入れる条件が整っていなかった。残念である。

 南アルプスと八ヶ岳を望める高台の日当たり良い築浅の家付き物件。現在の所有者は私と同じ移住者。価格も比較的安い。ところが所有者との会話や駐車時の不動産業者の気遣いをみると、どうも隣地畑の所有者とのトラブルが感じとれた。何もなければ3年で手離すことはことは無いだろう。

 小川こそ流れていないが、他の条件は全て整っている土地だった。できれば自分で新築したいと考えていたのでもってこいの物件。しかし、現状は農地で、ライフラインが未整備であった。これらの解決方法を訪ねると、業者はすぐにでも解決できるような回答だった。農地転用には条件があるし、時間もかかる。水道の引き込み(100m単位)は自費になる。業者は井戸を掘れば良いと言う。周囲はほとんど農地だ。地下水の農薬汚染が心配である。この時ほど農地法やライフライン確保について農村ならではの有り様を事前に勉強しておいて良かったと思ったことはない。

 この他にも、地形や近隣河川の有り様、土壌に至るまで幅広く検討することが必要だ。私が家を建てるなら・・・・・・と決めていた建築会社の担当者は、「土地を決めたら、契約の前に必ず連絡してほしい」と話していた。メーカーが地形、地質調査を実施し、建築可能かどうかを独自に判断するとのことであった。

 いくつかの事例を挙げたが、物件にはいろいろと問題があることが少なくない。出来る限りこれらを事前に察知して、解決することが可か否かを判断することが必要である。それには、「気に入った」という一時の気持ちで判断しないこと。物件は逃げやしない。もし、先に契約する人が出てきたとしても、それは縁が無かった、とあきらめる余裕が必要である。

 こうして物件さがしに疲れが出てきた頃、現在の物件についての話が持ち込まれた。いろいろな物件を訪ねる中で私が一番信頼できた業者からだ。早速休暇をとって、妻と友人と私の3人で訪問した。先の条件でみると、小川以外は全てクリア。敷地は緩やかな傾斜で宅地部分は平らである。南西に雑木林があり、東に竹林、南に八ヶ岳、北に浅間連山が一望できる旧望月町(現佐久市)の御牧原台地の一角だ。隣家ともほどほどに離れていて気遣いはいらない。敷地面積は1,300余坪と広く、畑も作れる。家屋は母屋と別棟の2棟で築3年若である。木造りの外観も悪くない。ただ、全体として中途半端な建築で手入れが悪いことが気になった。しかし、これは改築するか新築に切り替えれば問題はない。ライフラインはすでに整っている。心は決まった。ようやくさがし求めていた物件に近いものに出会えた。定年約2年前のことであった。

 



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