曽我逸郎

《佐々井秀嶺師のこと(2) 『男一代菩薩道』 》


2008年5月9日

 先日、中川村葛島の延寿院、伊佐榮豊ご住職から、『破天』に続いて、『男一代菩薩道 インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺』(小林三旅著・アスペクト)を頂いた。伊佐ご住職は、佐々井秀嶺師とは高尾山での兄弟弟子にあたる方だ。

 『破天』を読んだ感想は、以前小論に掲載したが、今度の本でまず気になったのは、『破天』に掲載の写真に比べて、ずいぶん太られたことだ。見方によってはむくんでおられるようにも見える。インドの過酷な気候の中で激烈な仕事を続けてこられて、疲れがでているのだろうか。心配だ。どうかご自愛頂いて、これからも長く活躍していただきたいと思う。

 師の奮闘ぶりについては、『破天』に詳しく描かれており、『菩薩道』に目新しいことはほとんど書かれていない。
 しかし、『破天』を読んだときは、理屈をこねまわすばかりの私に対して、師の、団扇太鼓を叩き、憑き物落としをし、矛盾を丸呑みにしたまま屁理屈を突破して外に働きかけていく積極性・行動力に驚き、私との違いばかりが印象に残ったのであるが、今回は、釈尊の教えについての解釈は、ひょっとすると案外似ているのかもしれない、と感じた。

 あらためて考えてみれば、当然のことかもしれない。佐々井師は、アンベードカルの思想と理想を受け継いでおられる。私も、アンベードカルの『ブッダとそのダンマ』は大変共感して読んだ。

 釈尊に帰ろうとしたアンベードカルは、南伝経典を研究・分析し、そこから不純物を取り除いて、釈尊本来の教えを再構築しようとした。その結果、アンベードカルの考えは上座部の伝統とも一線を画するし、大乗とも異なる。

 「アンベードカルは、『私の仏教は大乗でもなく小乗でもない。お釈迦さんが唱えたオリジナルの仏教というものを、私は広めるのである』といいました。」(p161)
 たとえば、輪廻転生は、後の時代の混ざり物として排除される。不可触民の解放を目指したアンベードカルが、輪廻転生を否定するのは当然であろう。自業自得を説く輪廻思想は、カーストを正当化するものだ。第一、輪廻転生は無常=無我=縁起に反する。
 「皆さんにお願いしたいことがあります。必ず部屋にアンベードカルとブッダの肖像を掲げてください。ババサーブ(アンベードカル)が考える仏教に神様はいません。前世も後世もありません。呪文や瞑想も必要ありません。瞑想を盛んにすすめるお坊さんがいますが、それではお腹は満たされません。・・・」(p169)
 (私自身は、瞑想も必要だと考えている。アンベードカルは、『ブッダとそのダンマ』で瞑想を否定していただろうか? 読み返してみなければいけないが、確かに定や慧より、戒や道徳・迷信打破・社会正義に比重を置いていたとは思う。カースト制の重圧下にあるインド不可触民の現状においては、瞑想より先にすべきことがあるということであろう。)
 「アンベードカルはそれに対して、われわれが受け入れられないもの、つまり『これはおかしいじゃないか、お釈迦さんのこの言葉、ちょっとおかしいぞ。ちょっとヒンドゥー教のようなことを言ってるぞ』というものは、お釈迦さん本人が言った言葉ではないぞと思いました。」
 上座部の伝統の中に紛れ込んだヒンドゥー教的なもの、それはすなわち、つきつめれば梵我一如的なものと私は考えるが、それをアンベードカルはひとつひとつ摘出した、ということであろう。
 また、佐々井師は、大乗に対して、「今の大乗仏教はヒンドゥー教との折衷のような宗教」(p100)と批判している。
 前後の文脈からすると、アンベードカル仏教がアウトカーストの解放のために闘う仏教であるのに対して、大乗は、さまざまな教団がありながら、それぞれ内部の分業が進み、個々の僧はただその分担業務をこなすばかりで、教団と僧侶の生活を維持するだけに汲々としている、それを問題にしている。
 しかし、梵我一如思想を「仏教」内部の癌と捉える私としては、「ヒンドゥー教との折衷」という言い方に、単なる「教団の世俗化・自己目的化」にとどまらず、大乗「仏教」内部にはびこる梵我一如的傾向への奥深い批判を感じてしまうのだが、飛躍しすぎだろうか。

 著者の小林氏は、テレビ・ドキュメンタリー番組の制作者であり、ご自身が書いておられるとおり、仏教には詳しくない。佐々井師が、釈尊の教えや上座部、大乗をどのように考えておられるのか、筆は深いところまでは届いていない。しかし、それでも、記載された佐々井師の言葉の断片から、その考えがひょっとすると私と近いのかもしれないと感じられたのは、収穫であった。

 佐々井師がお元気なうちに、一度インドでお目にかかってみたいものだ。突っ込んだお考えも伺ってみたい。叶わぬ夢に終わるだろうか?

2008年5月9日 曽我逸郎

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