曽我逸郎

「人は誰も弱く哀れな執着の反応」という視点で北朝鮮周辺を見れば…


2011年12月25日

 金正日氏死去の報を聞いて、以下の文章をTwitterに投げた。

金正日氏急死。驚いた。人一人亡くなったのだ。ともあれ冥福を祈らねばならぬ。北朝鮮内部も混乱があろう。武力依存派=怖がり派の発言力が増えぬよう、無用な刺激は避けるべきだ。東アジアの人々が国を問わず平穏で困窮のない暮らしを送れるように良い方向に向かって欲しい
 何人かの方にリツイート(そのまま他の人に転送すること)して頂いたが、その他にひとつ、こんな反応があった。
日本人を拉致し、日本領海にミサイルを撃ち、自国民をも圧制で苦しめるテロ国家の親玉の「冥福」など祈ることはできない。むしろ「地獄へ落ちろ」と言いたい。
 当然の反応だろう。一通しかなかったのが不思議なくらいだ。しかし、これも執着の反応であることは間違いない。苦を拡大する。返信を書いた。
人は誰も弱く哀れな執着の反応です。感情のままの反射的反応は苦を広げます。それも弱く哀れな執着の反応ですが…どうか慈悲の反応を育てて下さい RT @*** @itrsoga …
 十分な推敲なしに投稿してしまったので、思っていることは伝わらなかったと思う。

 「人は誰も弱く哀れな執着の反応」という視点で見れば、北朝鮮の見え方も多少は違ってくるはずだ。我々の、苦を増やしかねない悪い反応も、少しは穏やかになるだろう。それが伝われば、北朝鮮指導部の反応にもゆとりが生まれ、東アジアの緊張は下がり、北朝鮮においても、人々の日々の暮らしを満たす方向にもっと資源を振り向けられるようになるかもしれない。

 勿論私は北朝鮮ウォッチャーではない。単に極一般的な知識を元に「人は誰も弱く哀れな執着の反応」という視点から、常識的な想像で北朝鮮と取り囲む現状を思い描いてみようと思う。

 朝鮮民主主義人民共和国…民主主義人民共和国を謳う社会主義国でありながら、常識外れの3代にわたる世襲、叔母夫妻が実質的摂政…国民を飢餓に苦しめさせたまま、一族だけで権力を謳歌し続けている…北朝鮮に対してはこんなイメージが一般的だろう。

 しかし、私には、北朝鮮の一族支配は、一族の支配が盤石だからそうなっているとは思えない。逆に、北朝鮮は、経済的には勿論、政治的にも破綻に近い状況にあり、金日成の血脈に頼りでもしなければ、政権を維持できない状況にあるのではないか。中世封建社会の没落領主の「お家の危機」のように…。北朝鮮はそのくらい脆弱な状況だと思う。飢餓にしても、国民に食べさせたいのはやまやまだろう。このままでは暴動が起きかねない。その恐怖をいつも尻の下に感じている。しかし、その力がないのだ。

 では何故、北朝鮮は破綻しないのか。その理由は、周囲の各国にとって、現状の北朝鮮が都合のいい存在だからだと思う。

 まず、米国政府にとって都合がいい。北朝鮮が、時々ミサイル発射実験をし、小規模な攻撃を行い、核兵器開発を宣言をして、極東の緊張を適度に高めてくれているのは、好都合だ。日本を怖がらせ「抑止力」を宣伝して費用の掛からぬ巨大軍事基地を日本に確保し、日本の軍事予算を獲得し続けたい米国内部の従来型「親日」=日本利権派にとって、言うまでもなく渡りに船である。また、それと対抗するところの、軍事費削減のため海外から米軍のプレゼンスを引き下げたい、そのためには該当地域内に対立の構造を与え相互に牽制させ互いに力を削がせれば、米国の影響力を保持できるとするオフショア・バランシング戦略を唱え始めた一派にとっても、今の北朝鮮は便利な存在だ。万一、北朝鮮が宥和政策に転じ、東アジアの緊張が低下して、経済関係が強まり、地域が安定・繁栄して力が増すようなことにでもなれば、オフショア・バランシング戦略の破綻である。勿論、核兵器開発を進めるなどして手が負えなくなりそうになれば叩き潰すだろうが、そうでもならない限り、生かさず殺さずのまま、時には支援さえして、現状の北朝鮮を存続させ続けるだろう。
 北朝鮮側も、それは心得ている。常に綿密な打ち合わせのもとに、ということは多分ないだろうが、阿吽の呼吸で期待される役割を演じている。それしか北朝鮮指導部の生きる道は残されていないのだ。北朝鮮指導部は、軍事力によって生き残っているのではなく、米国から割り振られた役割を外交的に演じることで生き残っているのである。しかし、その対価は生かさず殺さずであるのだから、気の毒なのは飢餓に苦しむ国民だ。

 中国政府にとってはどうだろう。北朝鮮が崩壊し、大量の難民が押し寄せてくること、崩壊後の後始末をさせられることを恐れているだろう。崩壊後、新たに親米政権ができることなどとても許容できない。北朝鮮指導部が、先軍政治を捨てて市場経済に転じ、韓国や米国と緊密化することも困る。当面は、北朝鮮内部に中国シンパを増やしつつ、やはり持続できる間は現状維持を考えているだろう。こちらも、生かさず殺さずだ。

 韓国政府にとっては? 何かあったとき、北朝鮮指導部を悪者にして国民の目を問題から逸らせられるのは、便利だろう。しかし、地震に例えれば、朝鮮半島は、米国のプレートと中国のプレートが押し合いせめぎ合う巨大地震震源域だ。微妙なバランスの崩れで大災害となり巻き込まれることを最も恐れている。国民の歓心を買うため、時には強気のはったりを打つこともあろうが、内心は腫れ物に触る思いだと思う。

 このように、どの国も欲にかられ、不安を感じ、様々な事情によってせめぎ合っている。その微妙な思惑のバランスの上で揺れる小さな足場に立って、北朝鮮指導部は、様々に策を弄し、振り落とされぬよう現状にしがみつき必死に生きながらえようとしている。まさに弱く哀れな執着の反応だと思う。
 北朝鮮ばかりではない。欲に駆られるのも怯えるのも計算高いのも、執着の反応、どの国とてその点では変わりない。

 日本も同様だ。あの国は何をするかわからない、と怒り怯え、「抑止力」の幻想にすがり沖縄の人たちに米軍基地を押し付けている。拉致問題も過敏な案件だ。北朝鮮指導部は、拉致問題が日本人の怒りの反応を引き起こして事態をさらに紛糾させかねないことを冷静に認識し、誠実に振舞うべきだろう。同時に、日本もまた、周辺各国の国民感情をたぎらせる過去があるのだから、誠実な対応をすべきである。各国の政府は、自分達の保身・都合によって自国または他国の人々の怒りや恐怖を煽り、利用するようなことはすべきでない。怒りや恐怖は、執着の反応であり、火に油を注ぎ、連鎖反応、怒りや恐怖の拡大再生産を引き起こし、戦争というとてつもない災厄に導きかねない。

 本来は、上に立つものが危険を認識し、しかるべく配慮をすべきなのだが、反対に上こそが沈着さを失い、保身=我執のために、人々の執着心を利用している。
 マスコミにしても、本来は大衆が広い視野で冷静、客観的にものごとを見られるように多角的な情報を提供するのが任務であるのに、これもまた大衆の執着に阿て売り上げを伸ばし利を得んとして、大衆の視野を狭め執着を煽り立てている。

 だから、凡夫である我々大衆の側が、欲望や恐怖や怒りといった執着の反応に突き動かされぬよう気を付けねばならない。大衆の執着に阿て歓心をかい保身を図ろうとする政府を、我々の感情で追い込んで、彼我に苦を撒き散らす政策に走らせるようなことのないように、いつも自分に気をつけていなければならない。

 結局のところ、自らの執着の反応の危険性に気づいた凡夫が、なんとか冷静沈着でいようと努力するほかない。恐怖や怒りや欲を操られていないか、恐怖や怒りや欲のままに苦を自他に振りまいていないか、いつも自分に気をつけている。同時に、冷静沈着さを欠いて苦を投げかけてくる人に対しても、執着の故に凡夫故にそういう反応をしてしまっているのだと、同じ凡夫として慈悲の気持ちで寛大に接することができれば、世の苦はずいぶんと減じることだろう。
 誰もあてにはできない。無用な苦を減じるためには、自分が凡夫であることに気づいた凡夫が、常に自分の執着に気を付け、自分と同様の他の凡夫を許し、慈悲を育むべく、自らそれぞれに努める。迂遠だがそれしかないと思う。

 いつか、北朝鮮も含めた東アジアに広く互恵関係が浸透し、そこに米国もロシアも加わっているような状況になればいいのだが…。戦争の災厄もなく、北朝鮮国民を含めて地域の人々の生活を安らかで足りたものにするには、それしかないと思う。米国にしても、オフショア・バランシングなどで凍った対立構造にしておくより、互恵関係の輪に加わったほうがメリットは大きいと思うのだが…。

 以上、北朝鮮に関わる様々を見て、感じることである。
 

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2011年12月25日 曽我逸郎

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