望 郷(ラストシーン)

鉄格子に手をかけて何か遠くを見つめている一人の男。今まさに港を出て行こうとする大きな客船を彼の目は追っているのである。その客船には彼が束の間愛したパリからの観光客ギャビーが乗っている。しかし鉄格子の扉が彼を隔てており、さらに彼の手には手錠がかけられているのだ。これ以上どうしようもない極限の状態に置かれ、絶望と諦めの表情で必死に鉄棒にしがみついているかのように見える男の名はペペ、ジャン・ギャバン扮する凶悪犯人の最後の姿である。

 ペペはパリで銀行強盗などを働き、警察に追われアルジェリアの街アルジェに逃げて来た。落ち着いたところは迷路のように複雑に入り組んだ、種々雑多な人間の住んでいる貧民窟カスパ。警察も容易に手を出すことの出来ないスラム街でペペはやがて悪の親分に伸し上がりここでも数々の悪事を働く。パリから来た警察が彼を逮捕しようとして策略を巡らしているなか、酒場で観光にやって来た一人の女に偶然に出会う。かって自分が住んでいたパリの思い出話しをしているうちにペペはすっかり彼女の魅力の虜になってしまったのである。彼女の方もペペの優しさと暗黒街の親分の持つ怖さの雰囲気に惹かれるようになる。ペペは彼女がもたらしたパリの雰囲気が記憶によみがえって望郷の念に駆られ、それ以上に彼女の魅力にすっかり取りつかれてしまった。カスパにいることが嫌になった、自由が欲しい、ギャビーに会いたい、そのような気持ちで街に出ようとする。しかしそれは警察に逮捕される危険に晒されることになるのだが、翌日再び彼女に会うために街へ行く決心をする。

 一方ギャビーの行動を察したパトロンは急遽パリに帰ることにして船の切符を手配し彼女を客船に乗せてしまう。ペペは客船の中まで入り彼女を探すが今1歩のところで会うことが出来ない。かえって警察に逮捕されてしまう。観念したペペは彼女を見送らせて欲しいと刑事に頼み、鉄格子に捕まって大声で「ギャビー」と叫ぶ。船上でカスパを眺めていた彼女にペペの姿が目に入るはずはなく、また彼の叫び声が聞こえるはずもない。ただ汽笛の音が彼女の耳を塞がせただけである。

 ペペは隠し持っていた剃刀で手首を切り自殺してしまう。非情なまでに残酷なこのシーーンはしかし現実社会の冷酷な一面なのである。楽しげにギャビーとダンスを踊っているときのペペの明るい善良そうな表情と、暗く陰気な顔で鉄格子につかまっている表情の極端な違いはこれが同じ人の顔かと見違えるほどである。

 しかし偶然に知り合った一人の女に故郷パリの香りを感じ取り、其れ故に自分自身を失う羽目になることをも辞さないほどの魅力を与えずには置かない男女の間の感情のもつれ、軋轢などはどこから来るのであろうか。永遠に理解する事の出来ないテーマなのであろう。(望 郷)(00/09/29)

(西部戦線異常なし)