モロッコ(ラストシーン)

 フランスの植民地領であったモロッコの、とある町の城門を出たところは直ぐ砂漠に続く砂地である。まだ夜明け前の薄暗い中をスカーフを手に持ち、スカートをひるがえして一人の女が裸足になり懸命に歩いている。風にあおられて砂が舞い上がり、前かがみにならないと前に進めないくらいである.今、外人部隊の一個小隊100人ばかりの兵隊達が水平線の向こうに消えて行った。その後を雑用を職業とする女達や、酒場の女達いわゆる後続部隊が、ロバに荷物を積んで部隊のあとを追って一緒に移動しようとしている。酒場の女アミーは兵士のトム・ブラウンを追いかけて行くために今靴を脱捨てたところである。

 1930年(昭和5年)に制作されたこの映画のラストシーンもまた、何時までも心から消すことの出来ない名画面であると思う。

 昨夜、お互いの幸せを願って酒場で別れの乾杯をし、今朝、結婚したばかりの富豪のベシェール氏と一緒にトムを見送りに来たのである。しかし、やはり彼への想いを断ち切ることは出来なかった。軍楽隊の鳴らす太鼓の音と単調なラッパの響きの中を彼女はどこまでも兵士トムの後を追って行こうとしているのである。トムはしかしその事を知らない。

 酒場の歌姫アミーは流れ流れてモロッコまで来てしまったが、暗い過去でもあるのだろう、誰一人心を許すことはしなかったが、なぜかプレイボーイの浮名の高い外人部隊の兵卒トム・ブラウンにだけには惹かれてしまったのである。

 トムもまた人に話す事の出来ない暗い過去を持ってこの外人部隊に入隊した人間であるらしいが、彼もアミーになぜかそれまでに感じたことのない想いを持った。夜、彼女の部屋を訪ね、帰り際に

「もう10年早く前に会えれば良かった」

と言ったのは彼の心情を正直に吐露したものであろうと思う。

 一方、アミーと同じ船でモロッコにやって来た大富豪のベシェール氏も彼女を見て一目ぼれし熱心に結婚を迫る。それを知ったトムは彼女の幸福を願い、彼女の部屋の鏡に、口紅を使って大きな字で

「気が変わった。Good Luck」

と書いて新しい駐屯地へ部隊と共に去ってしまう。やがてアミーはベシェール氏の熱心な求婚に応じ彼と結婚する事になるが、どうしてもトムのことを忘れることが出来ない。披露宴の最中に聞こえて来る太鼓の響きに誘われてトムを探しに出かけ、ある町の酒場で彼を見つけることが出来た。トムはトムでアミーのことを忘れ去ることは出来なかったのであるが、すでに結婚していることを聞き、このまま別れようと言い、明朝送りに来て欲しいと頼むのである。

 そして翌朝、彼女は全てを捨ててトムの後を追うことになった。彼女が女達の一行に追いついた頃、太鼓とラッパの響きの音は徐々に小さくなって聞こえなくなりただ風のヒューヒュー鳴る音のみになってしまうが、やがて女達と共に彼女も水平線の向こうに消えて見えなくなり、舞い上がる砂と風の吹く音が聞こえるだけの砂漠一面の画面になる。

 犯罪者や祖国を捨てた人間達の集まる外人部隊と、フランス植民地モロッコの、妖しげな雰囲気を持つ町を舞台に激しく燃え上がる男女の切ない激しい恋を描いた映画。勇壮なはずの軍楽隊のラッパの響きが暗い夜の画面の中ではかえって淋しさと物悲しさを感じさせられるのである。(モロッコ)(00/09/02)

(地下室のメロディ)