BSE問題について

(BSE問題が風雲急を告げてきましたので、2004年10月19日の予算委員会での私の質問を文章化してみました。)

刑事罰の世界には「疑わしきは罰せず」というルールが存在する。食べ物の安全性に疑いがある時は、「疑わしきは食べず」が鉄則である。

成長ホルモン牛肉問題

アメリカでは食肉牛に、その成長を促す3種類の天然ホルモン、3種類の合成ホルモン、合計6種類のホルモン使用が許可されており、 ピアス状の物を耳に打ち込む方法でほとんどの牛の投与されている。肥育用ホルモンを使うと。成長が早まり飼料が節約でき、肉質が柔らかく、 肉の量が増加するなどの作用がある。

1980年代の前半、北イタリアで4歳の男児の乳房が大きくなったり、体毛が生えたり、3歳の女児に初潮が始まるなどの奇病が発生し、 大騒ぎとなった。原因は意外なところにあった。畜産試験場で、成長ホルモンの研究をしており、実験に使った牛は焼却処分をしなくてはならないのに、 業者が隠して売っていたことが判明した。成長が止まった大人は罹らず、成長途上の幼児のみが犠牲となった。

その後、成長ホルモンは改良され使われ始めたが、やはり幼児に異常が報告され問題があるというので、 EUは、成長ホルモンの使用を全面禁止するとともに、成長ホルモンを使用した牛肉の輸入を禁止した。 これに対してアメリカ等がWTOに提訴したところ、WTOは、98年1月、EUの措置はリスク評価に基づくものではないとし、EUが敗れた。 ところが、EUは、99年7月から、アメリカ等による報復措置(81品目1億1680万ドルの報復関税)を受けながらも、 いまだもって成長ホルモンを使用した牛肉は内外とも絶対に認めないという姿勢を堅持している。EUは敗訴したものの、 WTOは、国民の健康・衛生を守る上で独自の基準を設定する権利が各国にあることを認める見解を示している。 そして、EUは独自の基準に基づいた安全な食品を国民に供給するという筋を通し、基準に反した食品の輸入を禁止している。

ちなみに、日本では以前は、天然型ホルモンは自然界に存在するので問題がないとして認められ、合成型ホルモンは禁止されていたが、 1995年の食品衛生調査会の答申で、「低用量であれば問題なし」ということで残留基準値をクリアしていればOKということで認可された。 成長ホルモンを使用したアメリカ産牛肉は輸入されているが、国内では合成型・天然型ともに肥育ホルモン剤の製造及び輸入は許可されていない。 国産と輸入とで規制が違うダブルスタンダードである。つまり、我が国もEUと同様に成長ホルモン牛肉の輸入を禁止してもよいのに、 全くそうした動きがみられない。BSEやGMOに対する厳しい姿勢と比べると、どうも首を傾げざるを得ない対応である。

アメリカの圧力による全頭検査の見直し

日本で初めてBSEの牛が発見された時、国産牛肉の販売量は激減した。政府は売れなくなった国産牛肉を買い取り、焼却処分までした。 この牛肉の安全性への信頼をとりもどしたのは、全頭検査である。全頭検査には約31億円のコストがかかっているが、 それを20か月以上の牛だけにしても3億円少なくなるだけで、それほど変わらない。 自衛隊のサマワ派遣への膨大なコストや北朝鮮への援助(1175億円の負担)と比べてもいかに少額かわかるだろう。 日本の消費者は、今や多少のコストがかかっても安全性を追求するようになっている。 消費者へのアンケート調査でも、安全第一で、全頭検査を見直すべきだという大きな声は起こっていない。

ところが、アメリカのBSE発生を受けて禁止したアメリカ産牛肉の輸入再開を求めるアメリカの圧力が大統領選挙に合わせて強まり、 2004年9月10日、オハイオ州でブッシュ大統領が日本の牛肉の輸入再開に言及すると、 9月21日の日米首脳会談で「できるだけ早期に牛肉貿易を再開する重要性で一致」してしまった。

一方、BSEの発生を契機に国民の食の安全を客観的立場から審議するために設けられた第三者機関の食品安全委員会では、 諮問もないのに自主的に日本の検査制度の見直しについて検討し、7月に中間報告をまとめていた。 アメリカの圧力を受けて20ヶ月齢以下の除外の可能性を示唆していた。

こうした内外の動きを受けて、農林水産大臣と厚生労働大臣は、食品安全委員会に全頭検査の見直しの諮問をした。 自衛隊のイラク派遣以上のアメリカ追従ぶりであり、国民の安全を全く無視した動きである。

アメリカの農業生産額の50%が畜産で、牛肉はさらにその半分近くを占める。その農業全体に占める比重は、日本の米以上であり、 牛肉生産者の票は非常に大きい。日本は最大の輸入先国(12億ドル、24万t)であり、輸入再開はブッシュ政権に有利に働く。大票田である。 テキサスもカリフォルニアも牛肉産地である。

アメリカのBSE検査体制の不備

アメリカ国内でも、以前からBSEの検査体制に対する警告はあった。

まず、アメリカではダウナー牛(イギリスで1985年に世界で始めてのBSEが発見される数年前に、アメリカのダウナー牛(ダウナーカウ(へたり牛))に、 BSEと同じ症状を示す奇病が発生していて、「ダウナー牛症候群」といわれている)や病気の牛でも食用に回っていたが、検査数の極めて少ない。 アメリカでは、毎年3500万頭の牛がと畜されているが、2003年には、そのうちわずか2万頭が検査されただけであり、 今も20万頭ぐらいしか検査されていない。

他にも、と畜の際、危険部位が混ざる危険のある方式がとられていること、動物性飼料の全面禁止をしていないこと、検査法に問題があること、 個体認識システムがないこと、などいろいろと問題が多い。

アメリカで発生したBSEはカナダから生体輸入した牛であったことから、アメリカは清浄国だと主張している。 しかし、アメリカはカナダから毎年百万頭もの生体牛を輸入しており、検査されないまま流通した他の牛もBSEになっている可能性がある。

さすがに、BSE発生後はダウナー牛の食用禁止、BSE検査の最終結果がでるまでは、当該肉を流通にまわさないこと (最初のBSE牛は流通にまわってしまった)等を決めたが、アメリカは、BSE発生後も、全頭検査はおろか、 20か月齢ないし30か月齢以上の牛の検査もするつもりもない。わずかなサンプル検査をしているだけである。 検査せずに輸出できるように20か月齢以下の牛肉のみを輸出するといっているが、アメリカには日本のような牛の生産履歴システムがなく、 個々の牛の月齢すら特定できない。月齢は肉質で判断するというが、品種や餌によっても肉質は変わり、肉質による判別では、 4〜5カ月の誤差は避けられず、正確な月齢把握は出生管理による個体識別しかない。

全頭検査をしている日本では、2003年10、11月に相次いで23ヶ月齢と21ヶ月齢のBSE感染牛が確認されている。 成長ホルモンを使って肉質を変化させているアメリカ産牛肉で、正確な月齢が判断されるのだろうか。

吉野家の牛丼の安全性

アメリカからの輸入圧力が強まり、政府が妥協の姿勢を見せ始めるのに会わせて吉野家は2月11日に牛丼を「復活」させ、 「アメリカ産牛肉全面的早期輸入再開を求める会」の署名活動を始めた。15日には、大手各紙に全面広告を載せ、 大々的に輸入再開キャンペーンを行っている。

ところで、吉野家で復活した牛丼(アメリカ牛肉輸入停止後販売されていた牛丼も)の牛肉の安全性はどうなっているのだろうか。 この牛肉は、BSEの汚染国から無検査で輸入された牛肉が長期保存されたものである。2001年、日本でBSEが確認されたときには、 10月18日の全頭検査の開始より前に出荷された牛肉は、回収し焼却処分されている。未検査の牛肉には、それほど安全性に疑いが持たれていたのである。

マクドナルドのマニュアル

マクドナルドでは、どこでも同じ商品というだけでなく、店員の対応までもがマニュアル化されている。 実は、マクドナルドのマニュアルには原材料をどう調達するかというのもある。 驚いたことに「現地国の原材料をできる限り活用して現地国の農業に貢献せよ」という項目があるのである。 ところが、日本マクドナルドはそういうことを一切していない。

ウルグアイ・ラウンドのさなかの1993年、フランスで農民がアメリカの象徴であるマクドナルド、コカコーラ工場、ユーロ・ディズニーを襲撃した。 すると、3日後にフランス・マクドナルド社はフィガロ紙に「私たちはフランス農業の支持者です。我が社は○○地方の小麦でつくったパンを使い、 ○○の玉ねぎを使い、○○の牛肉を使っています。フランス農業と一緒にわれわれは生きていくつもりです」という全面広告を載せている。 同じファーストフードの全面広告でも日本の吉野家とは正反対である。

外食こそ国産材を活用

多国籍企業のマクドナルドでさえも現地国の農業の振興に資するように配慮せよと言っている。日本の企業には愛国心がないのだろうか。 世の中全体タカ派的になっているのに皆外国任せにして平気なのが不思議である。

アメリカ産牛肉の輸入がなくなってから1年以上になるが、大きな騒ぎになっていない。つまり、それほど多くの牛肉がなくてもやっていけるのだ。 吉野家は、牛丼屋だと言っていたけれども、これを機会に「和牛丼屋」に変えたらいいのではないだろうか。 つまり、牛肉一つ、全部同じではなく、差別化を図るべきである。例えば「但馬牛丼」とか「米沢牛丼」とか。 それでなければ、北海道なら、「帯広牛丼」とか「網走牛丼」というようにしてやることをぜひ考えてもらいたい。

サリドマイド禍が起きなかったアメリカと日本の食品安全委員会の役割

1960年頃に起きたサリドマイド禍では、全世界で3900人の被害児が誕生した。 西独が大半であるが、日本も西独についで多く300人以上の被害児が誕生している。しかし、この被害はアメリカでは全く起きなかった。 これは、FDA(米国食品医薬品局)の担当官フランシス・ケルシー女史が、メレル社のサリドマイド発売申請に対し疑念を持ち、 メレル社側の圧力にも負けず、承認を保留し続けていたためである。FDAは現在8000人以上の職員がおり、アメリカ人の食や薬の安全を守っている。 客観的で、独立した組織でどの閣僚の下にも属していない。

日本で同様の役目をするのが食品安全委員会である。食品安全委員会は、内閣府に設置されているが、 国家行政組織法の8条委員会であり、本来、政治的にも独立性を持つべきとされている。担当の棚橋大臣は、就任記者会見で、 「消費者の信頼を維持する、中立性を保つ」と胸のすくようなことを言った。ぜひ実行してほしいものである。

食の安全を主導

前述のEUが成長ホルモンを使用した牛肉の輸入禁止をしたとき、アメリカでは、18州が成長ホルモンを禁止する動きをみせた。 しかし、当時のヤイター農務長官がその動きを慌てて止めてしまった。また、遺伝子組み替え(GMO)食品についても、 EUはGMOが1%以上混入している全食品に表示義務を課し、これもまたアメリカとの間で大きな紛争になっているが、 そのEUに対してアメリカのある州は非GMOにしてもよいと伝えたという。

BSEについても、日本向けだけ全頭検査してもよいというアメリカの業者(カンザス州のクリークストーン・ファーム等3社)も出てきたが、 アメリカ政府はこれを認めず、アメリカの基準に日本が合わせることを要求している。検査したくない大手の業者が困るからである。

買い手のニーズに合わせるというのは当然のことであり、オーストラリアは、5種類の成長ホルモン許可しているが、 EUにはホルモンを使わない証明書を出して輸出している。アメリカ政府は、売り手の都合に合わせるというおかしなことを無理強いしているのである。

牛肉だけでなく日本は食料の最大の輸入国である。日本が適切な安全基準を設けることで、 日本に輸出する国が日本の安全基準に合わせた食品の生産を行うようになる。そうすることによって、 世界の農業をより安全な方向、健全な環境保全型に変えていくべきである。

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