ビデオテープレコーダー(VTR)

 1956年(昭和31年)4月、シカゴで開催されたNAB(全米放送機器展示会)ショーで、アメリカのAmpex社が映像を高画質で記録することの出来るビデオテープレコーダー(VTR)を発表し、多くのテレビ放送関係者をあっと言わせた。Ampex社はプロ用オーディオテープレコーダーの製造メーカーであったが、1951年頃から秘密裡に映像を記録する装置の研究開発を進めていたのである。
 これ以前にはテープを高速度で走らせる固定ヘッド方式が2,3発表されていたが、放送用として実用することは出来なかった。
 映像記録の研究を熱心に行ったのは放送機器メーカーのRCA社と、歌手のビング・クロスビーが設立したBing Crosby Enterprise社である。彼はレコードの録音に時間がかかり過ぎて苦労していたので、吹き込み作業がもっと早く出来る記録装置がないものかと考えていたそうである。
1.固定ヘッド方式
 (1)ビング・クロスビー方式
  1951年、磁気テープでは世界初めての録画装置がBing Crosby Enterpriseにより発表された。
 1インチ幅のテープに映像信号を多チャンネルに分割して固定ヘッドに記録する方式である(映像10トラック、同期用1トラック、音 声用トラック1本、計12本)。テープスピードは5〜6メートル(毎秒)ぐらいで周波数帯域は1.7MHzぐらいとれたそうである。
 (2)RCA方式
  1953年、RCA社は同じく映像信号を多チャンネルに分割して記録する装置を発表した。白黒モードで1/4インチ幅、カラーモードでは1/2インチ幅のテープを使用し4トラックを記録した。
  ヘッドは固定式でテープスピードは360インチ毎秒、記録時間はせいぜい10分て程度であり、解像度、画像の安定性等に問題があり、これまた実用には程遠いものであった。
2.回転ヘッド方式
 (1)2インチ4ヘッド式VTR
 @回転ヘッドの採用
 音声の場合は15KHzの周波数帯域で十分であるが、映像の場合は4MHzの帯域を必要とする。そのためヘッドに対しての相対速度をあげなければなない。オーディオと同じようにヘッドを固定した状態ではテープの走行速度を毎秒数メートル以上にしなければならず、機械的な変動による映像の濃淡の変化、記録時間の減少、テープ走行の安定度等種々の問題が発生し、実用化することが困難であった。
 この問題を一挙に解決したのがAmpex社の2インチ4ヘッド方式のVTRである。
テープ速度はオーディオと同じく15インチ毎秒とし、ヘッドを高速で回転させることによってテープ対ヘッドの相対速度を飛躍的に大きくすることが出来た。
 
 ビデオヘッドとテープとの相対的な位置関係は第1図のようになっている。

 第2図に示すように、映像信号記録用のビデオヘッドがドラム(直径53mm)に90度間隔で4ヶ取り付けられており、このドラムを2インチ幅のテープに密着(真空吸引)させて毎秒240回転させるので、テープ対ヘッドの相対速度は40メートル毎秒になり、一方テープは毎秒15インチの速度で走行するので、テープ上に描かれるヘッドの軌跡(トラック)は走行方向に対してほぼ直角になる(第3図)。


 写真 ビデオヘッド・アッセンブリ(MKV型)
 写真はビデオヘッド4ヶを取り付けたドラムとそれを駆動するドラム・モータ、コントロールヘッド、テープをヘッドに吸引するためのテープガイド、信号を外部に取り出すためのスリップリング等をアッセンブルした白黒用VTR(VR1000A)のMarkV型ビデオヘッド・アッセンブリである。

 第3図はこのビデオヘッドがテープ上に記録するトラックフォーマットである。テープの走行方向にほぼ直角に軌跡が描かれるので垂直走査方式(Transversal Recording)という。
 1本のトラックに水平走査線の16〜17本分が記録される。

A低搬送波周波数変調(FM)方式の採用
 前述したように映像信号は直流成分に近い低い周波数から4MHzまでの広い範囲の周波数帯域が必要であるが、高い周波数成分の再生は回転ヘッド方式の採用により可能になった。一方再生出力は6dB/オクターブのカーブで周波数に比例するので、必要とする低周波出力は周波数対雑音比を取ることが出来る範囲に限られ、その値は1MHz位が限度である。
 
従って何らかの方法で映像信号を変調しなければならないので、低搬送波を使用する周波数変調方式を採用した。
 発売初期の性能は以下のとおりのようであった。
     白ピーク        5.80MHz
     同期ピーク       4.75MHz       
     映像周波数帯域   2.5MHz(後には白黒で4.2MHz −4dB以内)
     S/N比        30dB   (後には40dB)
 
    ヘッドの使用時間    100時間程度
B日本における状況
 芝電気(株)は昭和33年12月頃にAmpex型VTRの試作をほぼ成功させた。
 また昭和33年(1958年)4月以降、NHKを初め、民放テレビ各社がAmpex社のビデオテープレコーダの輸入を開始した。1ドル365円の時代、輸入価格は1台2500万円、ビデオヘッドアッセンブリが100万円ということであったが、各テレビ局は競ってこのVTRを導入した。先に述べたように初期の性能は必ずしも満足すべきものではなかったが、従来使用していたキネスコープにくらべて画質がよいこと、現像する必要がないこと、記録再生を即時に行うことが出来、しかも同じテープを何度でも使用することが出来る、編集(電子式の編集は未開発で、テープを切断して繋ぐ機械式編集)が比較的簡単に出来る等々の利便性のためであった。

 (2)1ヘッド方式(斜め走査トラック)
 昭和34年(1959年)、東芝は1ヘッドVTRをを開発表した。
第4図、第5図に示すようにテープを円筒形のシリンダに鉢巻状に巻きつけた状態で走行させる。この円筒の間にヘッドを取り付けたヘッドドラムがあり、ヘッドは走行するテープに対して進行方向に沿って第6図のように斜めのトラックを記録する。
 
 
 ヘッドドラムは1分間に3600回転し、1トラックにテレビ信号の1フィールドを記録するので、4ヘッドVTRのようなヘッド間の特性の違いによる画質の劣化はない。
 
 (3)2ヘッド方式(斜め走査方式)
 昭和35年(1960年)には日本ビクターが2ヘッド方式のVTRを開発した。後に世界の標準になるVHSの開発を始めたのは約10年後の昭和46年(1971年)である。
 第7図に2ヘッド型VTR のテープと回転ヘッドとの関係を示す。
シリンダは上下に別れており、下のドラムは固定されている。上のドラムには180度間隔で二つのヘッドが取り付けられており、1分間に1800回転する。

 テープは水平方向に低速で進行するが、シリンダーは斜めに傾けて取り付けられているのでテープに描かれる映像信号のトラックは第6図のように斜めに記録される。

 ヘッドは夫々1フィールドを記録し、2コのヘッドで1フレーム記録となる。
 (4)各種VTRの変遷
 Ampex社は1964年(昭和59年)、カラー用としてハイバンド放送用ビデオテープレコーダ(VR−2000)を発表した。カラー特性、ダビング特性などが大幅に改善され、再生画像は生放送と殆ど見分けがつかないほどで放送局のスタンダードとなった感があった。

 一方、1ヘッド及2ヘッド回転式VTRはもっぱら工業用や民生用品としての用途が主で、放送局用として採用されることはなかった。
 シリンダーに接触して走行することによる再生同期信号の不安定さ(ジッター)のため、局内同期信号にロックさせることが困難であること、及び記録トラックがテープの進行方向に対して斜めであるため編集(4ヘッドVTRはテープを切断して編集)が出来ないこと等が最大の原因であった。


 1980年代に入るとデジタル技術の進歩により再生同期信号の補正が容易に出来るようになり、1インチ2ヘッドVTRが放送用として採用されるようになって来た。また電子式編集装置も開発され、テープを切断せずに編集することが可能になったこともこの傾向に拍車をかける一因となった。以降、2インチ4ヘッドVTRは完全に放送の世界から姿を消すことになるのである。

 1/2テープを使用する2ヘッドVTRは一般家庭でテレビ番組を記録するのが主目的であったが、ソニーのベーターマックス方式と日本ビクターのVHS方式とが標準規格をめぐって熾烈な争いを繰り広げた。ベーター方式には東芝、三洋が加わり、VHS陣営にはシャープ、三菱、日立、松下が参加した。

 結果的にはVHS方式が世界的に使用されることになったが、その一番大きな理由は記録時間の相違にあったように思われる。日本ビクターは初めから2時間用として設計したが、ソニーは1時間であった。技術的なスペックではベータの方に軍配が上がったが1時間の記録時間ではテレビ番組録画用としては決定的に不利であった。後に設計を変更して1時間半に延長したが時既に遅しの感があった。

 さらにテープの走行速度を1/3にした3倍速スピード方式が開発され、VHSは6時間、ベーターマックスは4時間半の記録時間となったが、いずれにしてもベーターマックスは世界市場から姿を消すことになってしまった。

 磁気記録方式が開発されて約半世紀を経たが、半導体メモリやハードディスクの低価格化によりDVDレコーダーが次世代の記録装置として使用されるような状況になりつつあり、テープレコーダーや、ビデオテープレコーダーが姿を消す日が来るのもそう遠くないのではないかという気がする。