■■役員インタビュー■■

「Myらいふ」用に役員にインタビューしたものの抜粋です。

代表理事

高橋 卓志

吉田 由美子

久島 和子

理  事

大沢 秀夫

小川 和子

鈴木 秀一

轟 道弘

降旗 えつ子

三ツ井 清

監  事

東方 久男

相談役

鎌田 實

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三ツ井清理事(社会保険労務士)

Q1 ライフデザインセンターに関わる事になったきっかけは何ですか?

平成12年7月末に、旧知の税理士でライフデザインセンター創設者の故水澤茂夫氏から「いずれ訪れる死の周辺の課題を考え、より良く生きるを支援する」という構想をお聞きし、共感を覚えたのがきっかけです。8月より準備を進め、いよいよという11月9日に残念ながら水澤氏は急逝されました。しかし残された推進委員は、どうしても水澤氏の遺志を継ぎたいと思い、NPO法人ライフデザインセンターを設立し現在に至っています。

私個人としては「死んだら何とかなるだろう」という感覚だったので、こういう考えの人が代表をやるのはまずいだろうと思ったのですが……。65歳を過ぎて、自分のこれからのことを考えていないと言ってしまうと具合が悪いので、考えてますと言っておきましょう(笑)。
平均寿命から見ると男性の方が当然早く亡くなると思っているので、後に残される女性は自分のことはきちんと考えておこうと思うのですが、男は妻とか子供とか誰かがやってくれるものと思って、あまり考えていないというのが正直なところではないでしょうか。

Q2 社会保険労務士になったのはどうしてですか?

以前は銀行員で、その間には税理士になる勉強もしていました。銀行を辞めてしばらくのあいだは税理士の仕事もしていました。社会保険の制度が出来た42歳の時に、社会保険労務士の資格を取得したのと、色々な家庭の事情などで社会保険労務士の仕事をするようになりました。

私は東京の生まれで、小学校・中学校・高校と東京にいましたので、その間の友達は皆東京にいます。
結婚した時に長野に来てからもうじき40年になりますが、自分の事務所を持てたことは本当に良かったと思います。

Q3 趣味は何ですか?

今は趣味と言えるものはなくなってきましたが、一応ゴルフ、スキー、旅行です。

旅行は飛行機が苦手で出来れば乗りたくないですが、一番遠いところは国内は沖縄、国外では韓国へ行きました。韓国はブームになる10年も前で、ヨン様なんてまだ全然出ていない時です(笑)。

スキーは約40年前、まだ独身の時に、SAG(全日本スキー連盟)の1級ライセンスを取得しました。指導員ライセンスまでとれれば良かったのですが、所得には年間で3週間くらいの実習があり、当時サラリーマンで働いていた私は休みをとることが難しく、あきらめました。今は孫と一緒に滑るくらいになってしまい、しょっちゅう煽られています。

Q4 ライフデザインセンターに関わっていて良いことは?

だんだん自分がお世話になるような歳になってしまいました(笑)。しかし、まだまだ一般的にはなっていないので、良いことかどうかはもう少し経たないと分からないのではないかと思います。

ライフデザインセンターの活動は、年配の方はなかなか触れたくない話題ですよね。また、若い人にとってしあまり関心がないことです。大家族で暮らしている方にとっては逆に余計なお世話になってしまいます。
でも団塊の世代の人達は、自分たちがどうなっていくのか自立的に考えていきます。また、子供も親も将来のことに対して割り切れるようになっていきます。
とは言っても大家族で暮らしている場合は、まだまだ若い人が年配者を見ていくという昔からの生活を踏襲していきます。それを「オレはいらない」とか、「私は見ない」ということはなかなか言えませんよね。その方達にとっては余計なお世話になるわけです。

ですからライフデザインセンターでは「単身者や夫婦でいても孤独な方」「子供がいない方」「子供がいても夫婦でやっていかないといけない方」などのよりどころになればいいですね。そういった方達には当然必要な仕事ですので……。
しかし、そのへんの感覚は都会と違って、長野ではまだまだ受け入れて貰うのは難しいと思います。

Q5 これからのライフデザインセンターの課題は何でしょう?
  1. ライフデザインセンターのPR
    ライフデザインセンターという名将だけでは、何をしている団体か中身を理解するのは難しいと思います。活動内容や、誰がやっているのかなどはPRが難しい。だからといってなんでもかんでもPRすればいいかと言うとそれも違うと思う。ライフデザインセンターの活動を他の人にどう認識させるのか、どういう方を大勝とするのかが一つの課題です。

  2. 情報を県外へも広める
    地方での活動は対象が狭くなってしまいますので、今回の「旅立ちのアレンジ・デザインノート」の改訂を一つの良い機会として、県外或いは都会で必要に迫られている人へも、はっきり分かるような形で情報が行き届けば良いと思います。
    そのためには組織的な充実が必要です。都会ではそういった団体や組織・考え方が既に浸透しています。都会では「死に付随して、生きているときの問題の処理」(葬儀屋の考え方)が主なのに対し、ライフデザインセンターでは医者も入れた終末医療も含めた「生きているあいだをより充実させ、その延長に死がある」という考え方が大きな違いです。
    こういった活動は本来ならば、都会で活動したほうがより浸透しやすいとは思いますが、色々な人達がいる都会では逆にやりづらいかもしれませんね。

  3. 役員の世代交代
    団塊の世代の人達を対象とした時、それよりも前の世代の人(65歳の私など)が話しても説得力がないわけです。やはり同じ世代の人に言われて共感出来るものではないでしょうか。
    ここでの活動は、これから先もずーっと続いていくものなので、役員やスタッフもお客様に合わせて、高齢から若い世代と幅広くいたほうが良いと思います。60歳以下の人達が積極的になって、高齢期の課題に真剣に考えていく層が増えてくれれば、もっと一人一人の生き方が変わってくると思います。

2004.9月号掲載