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旅 行 記
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2004年6月7日(月)から6月14日(月)まで6泊8日のツア−に参加しました。
旅行名
ドイツロマンチック街道とスイスアルプス・パリ周遊スペシャル8日間
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ツア−の参加者25名
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4年前に発足した『海尻八人会』4年間の役が解かれて旅行することとになりました
八人会の発足当時お一人の方が、何気なく卒業旅行は 『スイスに行きたいなァ−』 と . .
今回の旅行は7名の参加です
実現しました (^_^)v |
6月7日成田空港を11時25分発 《全日空で空路約12時間》 フランス/パリ へ パリの空港で入国審査の後、ドイツ航空 《ルフトハンザで空路約1時間20分》 にてドイツ/フランクフルトヘ
空港からバスでハイデルベルク近郊の街 ヒルッシュベルクのホテルに着いたのは午後10時を過ぎていました。
フランクフルトの空港を出たのが午後9時過ぎ 外は、まだまだ明るいのには驚かされました (この明るさは白夜とは違うと思いますが ...)
反対に、日の出るのが遅いかと思えば普通でした
ペ−ジの画像はDVビデオカメラからです |
【1日目 ヒルッシュベルクで宿泊】
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6月 8日
ドイツ
ハイデルベルク 市内観光
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ハイデルベルク城は、1300年頃に造営が始まり400年前後かけて造られたと云われます
ハイデルベルク城 |
ハイデルベルク城大樽 |
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城の中に、大きな樽があり →
・ 樽の直径は7m 奥行き8.5m
・ 最大221.726gのブド−酒が貯えられるとのこと
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ハイデルベルク城に居城された中の一人、ル−プレヒトT世は1386年にハイデルベルク大学を創設され、ドイツ最古の大学となっている |
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ハイデルベルク城からのハイデルベルク市内 |
ハイデルベルク城からのアルト橋 |
アルト橋前の獅子? |
アルト橋の入り口 |
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古城街道を通り ロ−テンブルク ヘ
マルクト広場には、高さ60mの塔からなる市庁舎、仕掛け時計で有名な市議宴会館
午後3時の仕掛け時計 『ビ−ルを飲む人形』 を見ようと マルクト広場へと 少々走りましたがまにあいました 扉が開いて閉まるまでかなり時間があるようです
市庁舎の塔に登りました 展望台に出る直前の階段は(はしご)狭まかった 屋上へは人数制限があるようです
その後
観光馬車に乗り市内一周 説明してくれましたが ...??? (-_-;) ドイツ語? |
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仕掛け時計 |
市庁舎と市議宴会館 |

市庁舎 塔の鐘 |

市庁舎 塔より |
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ロマンチック街道を通り ネルトリンゲン ヘ
ロマンチック街道 バスからの眺め
| 古城街道とロマンチック街道の違いは 古城街道は古いお城が建ち並ぶ それに対してロマンチック街道は画像のように田園風景が永遠とつづきます |  |
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【2日目 ネルトリンゲンで宿泊】
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6月 9日
ドイツ
シュバンガウ ヘ
ホ−エンシュヴァンガウ城 |
ル−トヴィッヒU世の白亜の名城と云われるノイシュヴァンシュタイン城
1868年即位してからたった4年後の23歳の時、両親の城だったホ−エンシュヴァンガウ城の見える場所に、もう一つの城を建てる計画を練らせた
新ロマネスク様式の堂々たる城が具体的にできあがっていった 1880年までに既に外装と内装を残すのみと云うところまで建てられ、完全に仕上がったのは1892年 すでに王は他界した後だった!
ル−トヴィッヒU世
1845年8月25日ミュンヘンのニュンフェンブルク城にて誕生 → 1886年6月13日シュタルンベルク湖にて死亡 41歳 |
ノイシュヴァンシュタイン城
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城からの眺めと部屋
▲ 画像にマウスを合わせて下さい |
ノイシュヴァンシュタイン城
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ノイシュヴァンシュタイン城内の撮影はできませんでした
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ドイツから国境を越えて、スイスの山岳リゾ−ト グリンデルワルド ヘ
→ 
【3日目 スイス/グリンデルワルドで宿泊】
『明日はユングフラウヨッホヘ登るから晴れたらいいね!』 |
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