幸福の黄色いケムリ事件

「車は壊れなかったのか?」
多くの人が疑問に思うところでしょう。
そりゃもちろん「アクセルを踏んだら戻らなくなった」とか
「ブレーキランプが両方とも点かなくなった」とか
「雨漏りしてずぶぬれになった」とか
「エアクリーナーが爆音とともに吹き飛んだ」とか…
そんな程度のことはあったけどこれしきは故障の内には入りません。
いちいち紹介していたらきりがないので
ここでは一番大きかったトラブルだけを紹介しましょう。
それは東北攻略。
本州最北端の大間岬を目指しているときの出来事でした。

リアス式海岸突破計画


リアス式海岸。学校で習ったでこぼこした海岸。
地図でしか見たことないけどそれがこの目で見れる日がやってきた。
「いったいどんな風になっているのかな…?」
胸が高まった。

幸せクルーズ

その日は天気もよく、2CVも私もご機嫌だった。
心配していた通り坂道が多かったが、道は空いていたため、
順調に「牡鹿半島」の先っちょに向かって行った。
どこかでジャガイモを焼くような香りがした。
ジャガイモ料理でも作っているのかな?
実に幸せ気分であった。

幻惑の匂い

それからいったい何十キロ進んだのだろうか。
もうまもなく先っちょに到着するぞ!しかし…おかしい。
あのジャガイモの香りがまだするのだ。2CVから匂っている?
しかし故障であればガソリン臭いとか焦げ臭いとか…
もしかして味噌汁の具にしようと持ってきたジャガイモか?
2CVを止め、いろいろと点検したが
すぐにはこの異変に気がつかなかった。

灼熱のエネルギー

ジャガイモの香りはどんどん強くなっていった。
「絶対おかしい!」
私は再び調査を開始した。
すると、バッテリー液が異常に少なく、
しかも煮えたぎっていることに気がついた。
触れないほど熱い!しかも黄色い煙を吹き出している。
匂いの正体はこの有毒ガスである。
なんだか頭痛がしてきた…
とにかくエンジンを止めた。場所は牡鹿半島の先っちょ。
かなり小さなガソリンスタンドがあった。
そこでバッテリー液を購入し、補充した。
しかし、ほかに手に入りそうなものはなにもなかった。
ピンチだ〜。(大汗)

修理は推理

適当な場所で一泊した後、牡鹿半島を後にした。
そして、再びあの匂いである。
補充したはずのバッテリー液が、もうなくなりかけていた。
バッテリーの寿命?だったらなんで熱を持つんだ?
過充電か?だとしたら…えーと…
とにかくこのまま進むのは危険だ。

一筋の光

いろいろなことが走馬灯のように頭をよぎった。
とにかくバッテリーが充電されすぎているみたいだ。
うーん。困った。あ!そういやぁ・・・
イタリアの「ベスパ」ってスクーターはバッテリーが付いて無いって
なんかで読んだよな。バッテリーが無いのになんで走るんだろう?
排気量が小さいからか?2CVは無理だよなぁ。一応自動車だし。
でも・・・もしかして?
エンジンが回っている状態でバッテリーのターミナルを外してみた。
すると・・・
エンジンは止まらずに回っていた。
「むう!これだ!」

漆黒の闇の大地

バッテリーを外しておけば充電もされない。
しばらくは走ることが出来そうだ。
しかし、バッテリーが無ければセルモーターが回らない。
「エンジンを始動させるときだけバッテリーをつなごう!」
でも、それがあと何回できるのか。見当もつかない。
それに電気は足りるのか?スモールランプやウインカー、
ブレーキランプを点けてもエンジンは止まらなかった。
しかし、ヘッドライトのスイッチを入れた瞬間、エンジンは止まった。
「もうヘッドライトは使えない・・・」
夜は完全に走れなくなってしまった。
夜はなるべく走らないようにはしていたが「走らない」と「走れない」
では心理的プレッシャーがまるで違った。

究極の選択

何はともあれとりあえず動くようにはなった。
しかし、長野県に戻るか、あるいは大間岬攻略を強行するかは
本当に難しい選択だった。軽く悩んだ後、出た答えは・・・
「ちくしょー!構わず行くぞ!大間岬め!」
しかし、もうすぐ着くと思っていた大間岬が
ものすごく遠ざかったのは間違いなかった。

強行突破

リアス式海岸を縦断するのはやめ、とにかく大間岬への
最短ルートを走った。一度だけ信号待ちでエンストした。
このときほど青くなったことはない。
サイドブレーキを引き、車外に出て、ボンネットを開け、
バッテリーをつないで、車内に入り、エンジンをかける。
「かかった!」
再び車外に出て、バッテリーを外し、ボンネットを閉じ、
車内に入り、サイドブレーキを戻す。
なんとか渋滞の原因になるのは避けられたがどっと疲れた。
そして、大間岬へはたどり着いた。
しかし、帰ることで頭がいっぱいだった。

さらば愛しき2CVよ

そして、日本海を右手に見ながら一目散に帰った。
早く帰らなければバッテリーが完全に死んでしまう。
でも、明るいうちしか走れない。
そして、新潟県まで進んだとき、ついに恐れていたことが起こった。
バッテリーをつないでキーをひねっても、
セルモーターは回らなかったのだ。
「終わった・・・」

伝家の宝刀

しかし、長野県は隣の県だ。あと一回でいいから
目覚めてほしい。私は「2CV三種の神器」のひとつ、
「いかずちのクランク」
を空にかざした。それを2CVに突き刺して力をこめてまわした。
そう。2CVはなんと「手動始動」が可能なのだ。

クラシックカーじゃあるまいし、現代を走る車でこれができるのは
CVくらいのものであろう。
CVは息を吹き返した。
しかし、かなりの体力を使うため、汗びっしょりだ。
それはいろんな汗だった。

伝説の2CV

家に着いた。ホームシックになんてならないと信じていたが
このときばかりはホッとした。しばし休息した後、
バッテリーをつないだが完全に死んでしまっていた。
まさに最後の力を出し尽くしてくれたのだ。
ありがとう。2CV。

とにかく帰ってこれてよかった。
えらいぞ!2CV!
でも、東北はとてもいいところだった気がする。
今度は普通に行こう。
誰かの運転で。